40年考えても分からなかった答え
👉 分からないまま、生きてきた。
ただ働いてきただけだ。
考える時間がなかったのか、
考えないようにしていただけなのか。
👉 気づけば、40年だ。
すべての始まり
高校生の頃、少しだけ考えた。
👉 どこに就職するか。
👉 自分は何をやりたいのか。
でも現実はこうだった。
👉 家を継がないといけない
👉 地元に大した職場がない
👉 成績も良くない
👉 公務員なんて無理だと思っていた。
👉 それでも、就職できただけマシか。
そんな感覚だった。
👉 この時、もう始まっていた。
👉「俺は何をやればいいんだろう?」
昔、先輩に聞いた
昔、3人で話をしていた。
これからの仕事の話になって、
一人がこう言った。
👉「俺はこれをこうしたい。ああしたい。」
ちゃんと自分の方向、目標を持っていた。
その流れで、俺は聞いた。
👉「俺は何をやればいいと思いますか?」
今思えば、
👉 なんてバカな質問してるんだと思う。
返ってきた言葉
その時、先輩はこう言った。
👉「それは分からない。お前が探すしかない」
👉「は?それが答えかよ」
そう思った。
でも今なら分かる。
👉 あれ以上の答えはない。
分からないままでも、人は生きていける
時々、思った。
👉「これでいいのか?」
転職も考えた。
面接にも行った。
👉 合格もした。
でも行かなかった。
👉 給料が安すぎた。
もう少しあれば行っていた。
👉 中途半端に足りなかった。
👉 納得したわけじゃない。諦めただけだ。
職業って、どうやって決めるんだ?
👉 答え、言えるか?
好きなこと。
向いていること。
👉 順番、違うだろ。
まずはこれだ
👉 食えるか。
需要があるか。
続けられるか。
👉 ここを外すと詰む。
それでも続かない理由
子供の話を聞いて思う。
👉 辞めたいような口ぶりだな。
👉 でもな、辞めたくなる時点で、もう答え出てるんだよ。
定年して初めて考えた
定年退職して、毎朝起きる理由がなくなった。
会社に行かなくていい。
誰かに指示されることもない。
最初の1ヶ月は楽だった。
2ヶ月目から、なんとなく落ち着かなくなった。
「今日は何をしよう」と考える時間が増えた。
40年間、「何をやるか」は会社が決めてくれていた。
朝起きて、会社に行って、言われた仕事をして、帰る。
それが人生だった。
その枠がなくなったとき、初めて気づいた。
「俺は自分で何をやりたいか、考えたことがなかった」と。
ブログを始めたのは、そのあたりからだ。
書くことで考える。考えることで、少しだけ自分が分かる。
答えは出ていないが、考えることをやめなくなった。
それだけでも、前よりましだと思っている。
👉 給料が安い
👉 除雪待機(徹夜)がきつい
リアルだ。
👉 結局、「続けられるかどうか」だ。
👉 無理して続けるのは“努力”じゃない、“消耗”だ。
もうひとつの基準
👉 誰と働くか。
尊敬できるか。
価値観が合うか。
👉 合わないと、じわじわ削られる。
一番きついのはこれだ。
👉 「この人みたいにはなりたくない」と思いながら働くこと。
多くの人は考えない
👉 考えないまま終わる人もいる。
それでも生きていける。
👉 だから気づかない。
昔の自分に言う
👉 そんなに我慢するな。
嫌なことはやらなくていい。
やるなら、
👉 命削るな。
定時で帰れ。
無理なら離れろ。
👉 辞められる準備をしておけ。
それだけでいい。
結論
👉 答えは出ない。最初はな。
でも最後はこれだ。
👉 自分で決めるしかない。
正解はない。
保証もない。
👉 それでも決める。
今の俺
👉 もう“なんとなく”はやらない。
シルバー人材センター → 断った
無難な仕事 → やらない
👉 ブログを書く。
考えてきたことを、残す。
👉 世話になった分は返す。
町内会の役員はやる。
👉 ケジメだ。
最後に
👉「俺は何をやればいいんだろう?」
この問いは消えない。
でも今ははっきりしている。
👉 分からないまま選んだ人生を、正解にしていくだけだ。
👉 遅かった。
👉 でも、遅くはなかった。


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