私は60代。製造の現場で40年働いてきた。
「現場」と一口に言っても、想像されるものとは少し違うかもしれない。品質管理でも、設計でも、営業でもない。ひたすら「物を作る」ことに向き合い続けた40年だ。手を動かし、現場を歩き、問題が起きたら自分の目で確かめてきた。
その仕事の仕方は、プライベートでも変わらない。
人に頼む前に、まず自分で調べる。誰かの意見に乗っかる前に、自分で考える。そして決めたら、動く。——これが私のやり方だ。
40年現場にいて、気づいたことがある。問題は、気づいた人間が解決するしかないということだ。「誰かがやる」は、現場では通じない。自分が見て、自分が動く。それが現場の鉄則だった。定年後の生活も、同じだと思っている。誰も代わりに悩んでくれないし、誰も代わりに決めてくれない。だからこそ、自分で調べ、自分で迷い、自分で書くことに意味があると思っている。同じように一人で考えている誰かに届けばいい。
定年を迎えてから、次々と「決断」が押し寄せてきた。
インプラントか、ブリッジか。給湯器が壊れたとき、誰に頼むか。トタン屋根の塗装業者に苦情を言うべきか。がん保険は続けるのか、やめるのか。火災保険の中身を、ちゃんと理解していたか。——どれも、誰かが答えを持っているわけじゃない。自分で調べて、迷って、最後は自分で決めるしかない話だ。
周りに相談できる相手が多いわけでもなかった。もともと、静かに考えることが好きな性分で、群れることが得意ではない。だから余計に、一人で抱えることが多かった。
若い頃から、自分は「普通」とは少し違うと感じていた。
大勢でわいわい騒ぐより、一人で考えている時間の方が落ち着く。会議で先に口を開くより、全体を見てから動く方が性に合っている。感情より先に「なぜだろう」が来る。仕事でも、生活でも、そういう動き方をしてきた。
製造現場40年、それで通用した。現場では「気づく人間」が必要だからだ。異音、ズレ、違和感——言葉にする前に体が反応する。その感覚を大事にしてきた。
定年後にブログを始めて、その感覚がここでも役に立つと気づいた。「なんかおかしい」「これは本当か」「自分はどう思う」——その問いを文章にするのが、このブログだ。
このブログは、その「一人で抱えてきた判断の記録」だ。
専門家の意見でも、正解の提示でもない。60代の一般人が、実際に体験し、迷い、決めてきた話をそのまま書いている。
「同じことで悩んでいる同世代に、少しでも参考になれば」という気持ちはある。ただそれより正直に言えば、「自分の判断を言語化しておきたい」という気持ちの方が強い。書くことで、自分が何を考えていたかが整理される。それがこのブログを続ける一番の理由だ。
答えを出すことが目的じゃない。自分がどう考えたか、どう動いたか。それを残しておくことが目的だ。
派手な成功談も、感動的な逆転劇もない。ただ、60代の普通の人間が、普通の生活の中で「迷って、決めて、考えた」話がある。それで十分だと思っている。
迷った——何かを選ぼうとして、立ち止まった記録。
選んだ——悩んだ末に、自分なりの答えを出した記録。
やめた——続けるのをやめた・捨てた・手放した記録。
続けた——迷いながらも、続けてみた記録。
全部、本当の話だ。盛っていない。失敗も書く。後悔も書く。
同じ60代として、あるいは少し年上・年下として、「そういえばうちもそうだった」と思ってもらえれば十分だ。
運営者情報
- ブログ名:60代のChoice | 俺の試行錯誤
- 運営者:ちゃんめめ66
- 年齢:66歳
- 経歴:製造現場40年・定年後ブログ開始
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