― 奥歯が欠けた60代の後悔 ―
若い頃は「顎を鍛えているつもり」だった
若い頃の自分は、正直アホだった。
ジャイアントコーン、アーモンド、ピーナッツ。
「硬いものを噛めば顎が鍛えられる」
そんな変な思い込みで、歯をいじめるようにバリバリ食っていた。
噛めることが、強さの証拠のように思えていた。
無理がきくことを、元気だと勘違いしていた。
鍛錬と破壊を取り違えていた
でも歯は、筋肉じゃない。
鍛えれば強くなるものじゃなく、
削れたら戻らない消耗品だ。
今思えば、
鍛えていたつもりだったのは顎じゃない。
ただ、自分の歯を少しずつ壊していただけだった。
奥歯が欠けた日、現実を知った
ある日、奥歯が欠けた。
「どんだけ硬いもん食うねん」
自分で自分にツッコミを入れたくなった。
そのとき初めて、
歯は“資産”だったんだと実感した。
よく「歯1本には何千万円の価値があるとも言われる」
という話を聞く。
本当の金額がいくらかは分からない。
でも、失ってみて分かった。
あれは大げさな話じゃなかった。
噛めること。
痛みなく食べられること。
それがどれだけ生活の質を支えていたか、
欠けてからようやく分かった。
人は「まだいける」で自分を削る
この構図は、歯だけの話じゃない。
・無理な働き方
・無茶な酒
・我慢し続ける人間関係
・壊れるまで踏ん張る生き方
人はよく、
「まだ大丈夫」「これくらい平気」
そう言いながら、
守るべきものを削っていく。
本当は守るべき資産なのに、
鍛えているつもりで消耗させてしまう。
強くなっていたのではなく、壊れに慣れていただけ
ジャイアントコーンを噛み砕いていた頃の自分は、
強くなっていたんじゃない。
ただ、壊れる方向に慣れていただけだった。
若さとは、
回復力のことではなく、
「壊しても何とかなると錯覚できる期間」
だったのかもしれない。
噛めるうちは分からない、歯という資産
歯を、もっと大事にすればよかった。
今さらだけど、これは本音だ。
歯は鍛える対象じゃなく、守る対象だった。
失ってから気づくのが、いちばん高くつく。
今ならはっきり言える。
そもそも、
こんな硬いもん売るんじゃねー。
……いや、
それをありがたがって噛んでいた
昔の自分が一番アホだった。
おまけ:硬いものは、こう噛めばよかった
ジャイアントコーンは全面禁止じゃない。
ただし、奥歯で一発噛みは一番危ない。
・前歯で小さく割る
・一口量を減らす
・奥歯では“すり潰す”
・縦にバキッと噛まず、少し滑らせる
・瞬間的に力を入れない
歯は鍛えるものじゃなく、
力を分散させて守るものだった。


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